ボーン・イン・ザ・エアジョーダン~『AIR/エア』感想

 『AIR/エア』を観た。誰もが知る「エア・ジョーダン」誕生にまつわる物語を「負け犬たちのワンスアゲインもの」的な語り口で描いており、それ自体とても良く出来ているのだけど、個人的には「アメリカン・ドリーム」に対する眼差し、全体のちょっとしたドライなトーンがとても良かった。エア・ジョーダンはバスケットボールシューズのみならず、業界及び社会全体に革命を起こしたわけだけど、そこを描くときに「変えてやったぜ!」と「変えてしまった」両方の感覚がある映画だと思う。

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 マイケル/エア・ジョーダンが体現する「アメリカン・ドリーム」の偉大さ、美しさを本気で信じてそのために身をささげた人間たちの物語をとてもエモーショナルにカタルシスたっぷりに描いている一方、膨れ上がっていく「アメリカン・ドリーム」が置き去りにしていくものたちへの眼差しもある。それはブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・USA』———「アメリカに生まれたぜ万歳」な曲かと思いきや仕事に就けないベトナム帰還兵の歌だった———の使われ方からもわかる。

 たとえば登場人物たちが皆抱えていた「中年の危機」問題は結局は解決されないままだ。凡庸な映画なら、マット・デイモンに離れて暮らす娘がいて仲が良くないものの、ジョーダンとの契約と並行しながら問題を解決していき、最後は契約もできてみんな仲良くなってめでたしめでたしになりそうだが、この映画はそうじゃない。「理想」や「理念」が劇的に達成されたとて、解決されない現実的な問題はたくさんある。ナイキが賃金の安い台湾や韓国で靴を製造していることにも触れられているのもそうだろう。

 「アメリカン・ドリーム」の物語がもつ力をこの映画は信じている。それはソニーの最後のスピーチからもよく伝わってくる。と同時に、「アメリカン・ドリーム」だけでは掬い上げられないものたちのこともちゃんと視界に入っている。そういった忘れ去られがちなものたちへの憧憬と、1984年という時代への郷愁が綺麗に重ねられているからこそ、見終わったときになんだか少し寂しい気持ちになるのかもしれない。